美術館

2012/04/15

花散る上野の山

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午後になって疲れもとれたので、思い立って上野の山へ。

もうすっかり桜は散っていたけど、何のそのの大宴会だったよ。きょうは風もなくていい陽気、猿回しのお猿さんもあまりの見物人の多さに、ちょいと緊張気味です(*^m^)なかなか逆立ちしてくれませんでした。

さてさて、お目当ては東京国立博物館〈平成館〉で開催中のボストン美術館『日本美術の至宝』展。ボストン美術館はかれこれ7年前に行ったんだけど、印象派のコレクションや日本の鎧甲冑など、充実した内容、ぜひもういちど行きたい美術館のひとつです。

印象に残ったのは快慶の仏像「弥勒菩薩立像」。あたしは最近流行りの「仏女(ブツジョ)」ではないので、飛鳥奈良期の、胸板がぽってり厚い仏像とかあんまし好きじゃないんだけど、鎌倉期のこれはなかなか良い仏像でした。仏像をはじめ彫刻作品を見るときって、自然と顔や手の表情、衣の質感なんかに注目して鑑賞していると思うんだけど、この仏像は足の指がおざなりな造りじゃなくて、なんだか艶めかしいの足の指と言えばローマでベルニーニの彫像群を見て回ったとき、やっぱり足の指がエロかったのを思い出した。彫刻作品の出来を左右するのは「足の指」だ、とここに力説しておきマス( ^ω^)

もうひとつは「平治物語絵巻」。後白河法皇拉致と三条殿焼討のドラマチックな動乱の場面を生き生きと描いていて圧巻でした。疾走する牛車の車輪のスピード感、甲冑やひとびとの表情に至るまでの精緻な筆致、すばらしい作品でした。

それにしても悲しいかな、日本のすぐれた美術工芸はこうして海外に流出し、そこで価値を見いだされているのです(;ω;)

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外に出て博物館裏の庭園へ。こんなに広大な憩いの場があったのですね。桜満開の頃、また来よう。

Dscf3555銀座線の新型車両にも遭遇したよ。

2010/07/18

モダン・パリ展

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  今春丸の内に開館した三菱一号館美術館の「マネとモダン・パリ展」も会期末。入場は一時間待ちだったが館内ではゆっくり観賞することができて満足。1869年に建てられたという煉瓦造りの建物も一見の価値あり。今回集まったマネ作品もかなり充実。「死せる闘牛士」、よく来たなと感心。
  併設のカフェ、1500円のランチプレート、ボリュームもかわいらしいけど、まずまずといったところでしょうか。銀行ロビーだったと思われる吹き抜けの高い天井が歴史を感じさせる重厚かつ洗練された空間で心地いい。…ま、ここでテーブルにつくのも一時間待ちでしたけど

  緑溢れる広場が整備されたりして、ハコモノとしての美術館だけでなく、周辺の空間も含めて過ごし方が広がる、なかなかいいエリアになっています。

  …六本木の「国立」新美術館とはえらい違いだ。自前のコレクションを持たず、奇抜な建築様式と有名シェフのレストランだけが売り物で、あの空虚なコンクリート打ちっぱなしの箱は、美術館としてちっとも「生きている」空間ではないもの。

2008/12/10

雨上がりの上野

Dscf2339会期末の「フェルメール展 ~光の天才画家とデルフトの巨匠たち」(東京都美術館、12月14日(日)まで)へ。

世界中に散らばった数少ないフェルメール作品が7点、一堂に会するという絶好の機会なのである。熱烈なファンは彼の作品を追って世界中を旅して回っていると言うし。

…が、「絵画芸術」は出品許可が下りなかったようで、残念ウイーン美術史博物館…、行ったんだけどな。見た覚えがないんだよな(;;;´Д`)ゝ海外旅行って、せっかく来たんだからと色々なものに気を取られて、必ず何かひとつは忘れて帰ってくるんだよな。

ま、とにかく、開館直後の9時20分、すでに人だかりができていたけれども、まあこれは空いている方なのだろう、イヤホンガイドの解説も長ったらしくなく、コンパクトにまとまっていてよかった。絵の見所を図示した解説版も人混みが分散されて、良いアイデア。

Dscf2340_2上野の森美術館「没後40年 レオナール・フジタ展」(~1/18(日))へ寄り道。エコール・ド・パリ(モンマルトル界隈に集まった画家たちの集団)の寵児、彼の描く人物像の、まるで陶磁器のような質感を持った「乳白色の肌」が絶賛された画家だ。私はこういうヒトがいることをテレビ東京の番組「美の巨人たち」で知ったのだが、この日も多くの女性ファンが詰めかけていた。フェルメール展の活気の陰でゆっくり見られるかと思いきや、こちらの展覧会も大盛況。

フェルメールの、綿密に計算された幾何学的構図を見た後だったので、フジタの初期作品の浮世絵的空間構成が対照的で、興味深かった。

2007/02/14

オルセー美術館展に行く

Morisot_1 都美術館で開催中の「オルセー美術館展」へ赴く。

前に「ベラスケスの『黒』を見に行く」という記事でも触れたけれど、私はスペインの宮廷画家ベラスケスと、彼に影響を受けたフランス印象派のマネが好きだ。

今回の展覧会の目玉はマネ「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」。小さな画だが、漆黒の質感が印象的だ。

…それにしても、毎度書くことだけど、日本の美術館は展示施設が本当に貧弱だ。今回も人垣をかき分けるようにして頭の間からのぞき込むようにして解説文を読み、世間話やイヤホンガイドの機器操作に夢中になって画を見てないのに画の真ん前の空間を占めている人々に苛立ちを感じたり、どうも疲れてしまう。雨の平日ですらゆっくり鑑賞することができない。

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2006/09/24

「サルヴァドール・ダリ」を演じた男

Dali開催2日目の「生誕100年記念 ダリ回顧展」('07年1月4日まで、上野の森美術館)へ。入場制限がかかって少し待たされたが、展示作品は来日展にしては充実しており、一見の価値有り、満足。

ただし、いくら混雑しているからと言って、会場内に配置されたスタッフが「順序に関係なく空いているところからご覧くださ~い!」と絶えず声を張り上げているとは何事か。このアルバイト連中は、普段絵画なんか見ないのだろう。美術館は静謐の中で絵画と向き合う場所である。混雑よりも、スタッフのがなり声で思考を妨げられたことへの苛立ちが募った。冬の平日を狙ってもう一度ゆっくり見に来たい。

Dali_4 ダリは奇抜な言動で世間を驚かせ、その作品と人物に眉を顰める同業の画家たちも少なくなかったが、自由奔放にイマジネーションを膨らませて描いたかに見える彼の作品も、実際に実物を見てみると、そのサイズが意外に小さいのに驚かされる。彼の筆はあくまでも繊細で緻密なのだ。また初期の作品を見れば古典技法の確かさにも目を奪われる。「型破り」とは「型」をきちんと身につけた人だからこそ破れるものなのだ。ダリという男は実はいつも不安にさいなまれる小心な人間で、「サルヴァドール・ダリという画家」を演じるのに躍起になっていたのではないか。そんな気もしてくる。

Dali_2私の幼い頃の遊び場は、祖母のアトリエだった。…なんて言うと格好よすぎるが、祖母の部屋に忍び込むといつでも、油絵の具を溶くテレピン油の匂いがした。

その家は習志野の陸上自衛隊(第一空挺団)演習場近くにあったので、窓から落下傘の降下訓練が見えることもあった。重たげな腹を揺らして飛行する輸送機の後部から白い落下傘が次々と飛び出していく様子は、まるで魚の産卵のようだった。

「平和」なこの国の空に音も無くぽろぽろと産み落とされる落下傘、冷たいテレピン油の匂い、本棚から取り出しては眺めていた、ダリの画集…。私がダリのシュール・レアリスムの世界に惹かれるのは幼時の記憶によるものなのかもしれない。

【中:「記憶の固執の崩壊」1954】

【下:「スプーンの出てくる左側の窓の向こうで、死の床に横たわるベラスケス」1982】

2006/09/17

風神・雷神

Idemitumuse台風が来てるから。

というわけではないけれど、日比谷の出光美術館で公開中の国宝、俵屋宗達「風神雷神図屏風」を見に行く。この展覧会ではこの他に、尾形光琳、酒井抱一による「風神雷神図屏風」を見ることができる。宗達の絵を見て感動した光琳が真似て描き、その光琳作を見て感動した抱一が真似て描いた結果、全く同じ構図の3双の「風神雷神図屏風」が現代に伝えられることになる。

雷神は菅原道真の怨霊と結びつけて語られる。圧巻は道真の死後、宮中の清涼殿に落雷があり、炎上した天変地異。930年のことである。ある公卿は胸を裂かれ、ある公卿は顔を焼かれて死に、道真をお流しになった醍醐天皇ご自身は病の床に伏し、やがて薨去したという。

風神・雷神の金泥に彩られた目の玉は、いまでも下界の愚かな人間どもを見据えているのだろう。

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2006/07/20

JAKUCHU!

Jakuchu東京国立博物館で開催中の「プライスコレクション~若冲と江戸絵画展」(~8/27迄)を見に行く。雨上がりの上野の森もいい感じ。

伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)といえば鶏の絵、というイメージを持っていたが、大胆な構図で宙を跳ねる鯉、重なり合って佇む群鶴、びろうどのような質感の虎の毛並み、極彩色の羽を逆立てる雄鶏に目を奪われる。やれ狩野派だの土佐派だの、凝り固まった旧態依然の画風と見比べれば、彼が画壇に風穴をあけた異端児であることは一目瞭然。

ビートたけしが能を観て「これはロックだ」と言ったという。江戸絵画においては若冲こそ、まさにロックだ。

2006/05/25

ベラスケスの"黒"を見に行く

Velazquez_1新緑の中でも散歩しようと、都美術館で開催中の「プラド美術館展」へ赴く。

17世紀に活躍したスペインの宮廷画家ディエゴ・ベラスケスが結構好きである。ベラスケスは、それまでの画家たちにとって光なき「闇」でしかなかった「黒」をはじめて「色彩」として効果的に用い、のちの印象派マネに大きな影響を与えた人物である。

彼の描いた何点かの肖像画はウイーンの美術史博物館で見たのだが、「ブレダの開城」とか「道化師パブロ・デ・バリャドリード」などなどの代表作はやはりプラドの所蔵なので、何か来てるかしらんと期待して出かけたのである。

…が、肝心のベラスケスの絵は5点しか来ていなかった。門外不出のスペイン国宝「ラス・メニーナス」を持ってこいとは言わないが、メトロポリタンやルーヴルより高い入館料取ってこれだもの、1500円払う価値のある展覧会とはとても言えない。

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2005/07/24

佐倉の散歩道

Kawamuramuse_1  千葉県佐倉市にある「川村記念美術館」は(株)大日本インキ化学工業の研究所の敷地内にある美術館。

モネの「睡蓮」、レンブラントの「広つば帽を被った男」の所蔵の他、抽象画家ロスコの作品を壁面に配した「ロスコ・ルーム」で知られ、ソファでくつろげるこの部屋は女優原田貴和子(知世の姉)さんがお気に入りスポットとして雑誌に紹介したこともある。

 

Yamayuri   この緑に囲まれた広大な敷地の一部には遊歩道(ペット同伴禁止)が設けられて一般に公開されており、美術館に入らずとも四季折々の花を見つけながら散歩を楽しむこともできる。

 夏は山百合の群生。だいたいここの庭園の花々は開花が早くて、もう桔梗や萩など秋を思わせる花々も一緒に咲いていたが、やはり百合の花は存在感があり、夏の朝の澄んだ空気の中に強い芳香を漂わせていた。

Hasu  蓮池では大賀ハス(大賀博士が加曽利貝塚で発見した2000年前のハスの種子が発芽したもの)が盛りであった。蓮の花弁が開くときには「ポン」と音がするというが、ほんとだろうか。

 …なんてことを思いつつ静かな蓮池の周りを歩いていると、気分は「プチ極楽」。

   蓮と言えば、アンコールワットを見にカンボジアへ行ったときのことを思い出す。内戦が終わったばかりのその国は、未舗装で穴だらけの道路、崩れ落ちたまま廃墟となった遺跡、高床式の家屋、すべてが赤茶けた土の色に見えた。でも貧しい生活にあえぐ中でも子供たちは無邪気で、スコールが止んだ後の濁った池や小川に勢いよく飛び込んで泳いでいた。

 で、蓮の花である。赤茶けた国の泥水の中からすっくと立つ、桃色の蓮の花。その色がいっそう際だって、神々しくさえ見えたのだ。

2005/05/03

白洲正子邸「武相荘」

Buaiso_entrance_1   随筆家、白洲正子は薩摩の旧伯爵樺山資紀(かばやますけのり)の孫、小林秀雄(評論家)、梅原龍三郎(画家)ら各界の名士と親交が深く、古典を読み、着物を愛し、骨董をさりげなく日用品として取り入れたひとである。
 彼女が暮らした藁葺き屋根の家「武相荘(ぶあいそう)」が鶴川に残っており、白洲正子愛用の骨董品とともに公開されている。

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